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多肉植物の自生地の姿を再現して育てる「ハビタットスタイル」とは【趣味の園芸8月号こぼれ話・前編】

多肉植物の自生地の姿を再現して育てる「ハビタットスタイル」とは【趣味の園芸8月号こぼれ話・前編】
撮影/田中雅也 撮影協力/河野忠賢(THE SUCCULENTIST)

『趣味の園芸』2024年8月号の「自生地を夢見てつくる 憧れのハビタットスタイル」では、鉢の上に多肉植物の自生地の様子を再現して育てるという新しい栽培方法を、提唱者の河野忠賢さんに教えていただきました。ウェブだけで読める「こぼれ話」前編では、テキストで紹介しきれなかった作例について、写真とともに解説していただきます。後編では、ハビタットスタイルのお手本ともいうべき自生地の多肉植物たちの様子についてお聞きします。

 

ハビタットスタイルとは?

 

編集部(以下、編):8月号では河野さんの提唱されている「ハビタットスタイル」を、いくつかの作例とともに紹介しましたが、じつは撮影当日、掲載しきれないほど多くの作例を持ってきていただきました。せっかくなので、ここでいくつか紹介していただきたいと思いますが、その前にハビタットスタイルについて改めて簡単に説明してくださいますか?

 

河野忠賢(以下、河):そうですね、ハビタット(habitat)とは植物の「自生地」、つまり野生の植物がもともと生えている場所のことです。

 

:ハルジオンやヒメジョオン、シロツメクサなど帰化植物といわれる種類にも、もともとの故郷、自生地がありますよね。

 

:そうですね、日本で身近なそうした植物たちにも、当然、自生地があります(前2者は北アメリカ原産、後者はヨーロッパ原産)。私は多肉植物に関して、自生地の様子を鉢の上に再現して楽しむ方法を提唱して、それを「ハビタットスタイル」と呼んでいます。はじめにこの写真をご覧ください。

 

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:あれ、なんだか泥のような中に埋まっていませんか?

 

:これはメキシコ・チワワ州の自生地で私が撮影したロフォフォラです......。というのは冗談で、メキシコで撮影された写真を見て、文献なども調べて、現地に近い泥地の土壌に似せてつくったハビタットスタイルの作例の一つです。

 

:はぁ、そうなんですね。一瞬、本当に自生地かと思いましたよ。こんな泥のような地面に自生しているんですね。でもロフォフォラにちょっと皺がよって、綿毛も可哀そうな感じになっていますが。

 

:自生地ではたいていこんな様子をしています。一般的な栽培ではもっとふっくらとした姿になりますし、綿毛に雨が当たらないよう注意しますよね。でも自然の条件下では強い太陽光や風、砂にさらされるし、わずかな雨もダイレクトに綿毛に降り注ぎます。

 

:つまりこれが、ハビタットスタイルのハビタットスタイルたる所以ということでしょうか。

 

:そのとおりです。ハビタットスタイルでは、今までの園芸では顧みられることの少なかった自生地に思いを馳せて、できるだけ近い環境条件、表土の石や砂などを鉢の上に再現します。ふくらかに端正に整った美しさとはまた別の、自生地ならではの引き締まった野趣あふれる姿、その独特の美しさに肉薄したいのです。

 

栽培環境も自生地に近づける

 

:別の作例もご覧ください。これはマダガスカルに分布するパキポディウム・グラキリスの自生地を参考にしてつくりました。

 

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:本当だ。行ったことはないですが、インターネットで見たことのある風景によく似ています。つまり、通常の鉢植えのスタイルではなく、現地に似せた風景をつくるわけですね。

 

:これらはすべて実生、つまりタネから育てたものです。まいてから2年ほどたっているでしょうか。岩を組み、表土には砂を使っています。もちろん風景だけでなく、水も肥料も控えめにして、多肉植物やサボテンが実際に育っている環境に近づけるようにします。

 

:見た目だけではなく、栽培環境もできるだけ自生地に近づける、ということですか。

 

:そうですね。栽培面でも厳しめにします。そうすると生育が非常に遅く、なかなか大きくならないんです。時には皺がよったりもします。肥料はほぼ施しません。でも、時間をかけて厳しく育てることで、本来あるべき自生地の株姿に近づくわけです。例えば、左手前の鉢の株を見ると、露出した根が太く育っています。こうした姿は自生地でもしばしば見られるもので、岩々のすき間に生えたグラキリスの野趣ある姿が表現されています。小さな鉢の中の小さな自然ですね。こうして眺めていると、日本にいながら、マダガスカルの自生地を歩いているようです。

 

:今までの栽培方法とは逆の感じがします。ハビタットスタイルの「スタイル」には、栽培のスタイルも含まれている、ということでしょうか。

 

:もちろんです。早く大きく育てることとは違い、ゆったりとした自然の時間の尺度で栽培していく。そうして時間をかけて育てた株は、早く大きく育った株とはまったく違う姿になります。自生地の株には、緻密で繊細な、引き締まった独特の美しさがあります。ハビタットスタイルは、そうした美しさに目を向ける入口、きっかけにもなります。

 

成長のプロセスも楽しむ

 

:ハビタットスタイルの栽培では植物が大きくなるのに長い時間がかかりますが、大きさからくる迫力とは別の楽しみがあります。いま見たパキポディウム・グラキリスの寄せ鉢のうち、1鉢だけをじっくり観察してみましょうか。この2株は、どちらも葉の部分を含めても高さは10cmもありません。でも、石や表土の砂を自生地に近いものにすることで、雰囲気のある風景ができて、こんなに小さいのに眺めていて楽しい。何より、まるで自生地にいるかのような気分になれるのが魅力です。

 

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:パキポディウム・グラキリスは多肉ブームのなかでも人気が集中した種類の一つでしたよね。その要因には迫力のある大きな株がたくさん出回ったことがあったと思います。でも、こんなに小さな株でも楽しめるというのは、発見です。

 

:そう、それがハビタットスタイルのよいところです。今までの園芸では高さ10cmに満たないグラキリスは、「早く大きくなあれ、もっと大きくなあれ」と声をかける対象でしかなかったでしょう?

 

:購入時の価格は安いけど、おっしゃるとおり、大きくなるまで我慢して育てるものでしかありませんでした。先を見据えてじっと耐える「途中経過」でしかなかった。

 

:当たり前のことですが、自生地ではもっと小さな幼苗も育っているわけです。過酷な環境なので、とてもゆっくり時間をかけて大きくなる。この方法では、そうした長い時間の積み重なりも想像しながら栽培を楽しんでほしいと思っています。

 

鉢植えの表土もひと工夫

 

:ところで、『趣味の園芸』8月号の記事には、表土には珪砂(けいしゃ)、つまり石英の砂を使うと書かれていましたが、それも自生地を参考にしているのですね。

 

:そうです。南アフリカの西部やマダガスカルの中央山地では主に石英の石や砂が大地を覆っています。ハビタットスタイルでも自生地の土壌を模して石英の石や砂をメインにした表土を使います。例えば、マダガスカルに自生するアロエ・カスティロニアエを植えた鉢はこんな感じです。

 

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:いいですね~。行ったことのない自生地が目の前にある感じです。このカスティロニアエも、いかにも自生地で育ちましたというふうな、がっしりと締まった顔つきをしていますね。

 

:本来の姿に近いと思います。早く大きく育てることが悪いわけではないですが、私は荒々しい野生の雰囲気をもつ姿に惹かれます。じっと眺めていると、降り注ぐ太陽の光、乾いた砂っぽい風、その風に吹かれてカサコソと小さな音を立てる地表の様子まで、瞼に浮かぶようです。

 

:拝見していると、最初のロフォフォラを除けば、表土というか地面の様子がどれも似たように見えますが、実際、現地はこんな感じなのでしょうか。

 

:南アフリカの主要なところはこんな感じです。ただ、場所によっては細かい砂粒だけに覆われていたりもします。それを再現した例をご覧ください。南アフリカのナマクアランドからナミビアにかけての海岸沿いの砂地に自生するフェネストラリア・ロパロフィラ(群玉)を植えつけた鉢です。

 

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:まるで砂漠の只中のようですね。小さな窓の部分以外、ほとんど砂に埋まっていますが、大丈夫ですか?

 

:群玉はいわゆる「窓植物」で、ハオルチアなどと同じです。ほかの多くの窓植物と同様に、自生地では植物の身体の大半は地中に埋まっていています。てっぺんの窓だけを地表に出して、そこから光を取り込む、この状態こそが自然の姿です。

 

:ハオルチアの自生地の写真を見たことがありますが、確かに地面に埋まって、ほとんど地表面と同化しているような感じでした。

 

:ハオルチアも、園芸では一般的に株元を表土の上に出して楽しみますが、野生の状態では窓の部分しか地表に出ていません。ところで多肉植物の自生地では、フェネストラリアの例のように均一な大きさの砂粒が広がっている場所というのは少なくて、様々な大きさの砂粒や、割れて細かくなった石が混じっている場所、岩場などがほとんどです。先ほどまでの作例はそういう現地の様子を再現したものです。

 

ハビタットスタイルにオススメの多肉植物

 

:たくさんご紹介くださり、ありがとうございました。自生地の具体的なイメージがつかめた気がします。お持ちくださった作例がまだいくつかあるので、簡単にご紹介くださいますか。

 

:では、メキシコの自生地を再現した作例をご覧ください。左はアガベ・チタノタ、右はエキノケレウス・リギディシムス(紫太陽)です。どちらも大小の岩がゴロゴロした砂礫地帯に自生していることが多いので、岩に見立てた石を配して風景をつくっています。

 

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:アガベがこんな岩場に自生するんですね。わが家のチタノタは普通の用土に植えていますが、次の植え替えの時にハビタットスタイルにしてみようかな。

 

:いいですね。ぜひトライして、今までの鉢栽培とは違った楽しさにはまってください。最後にお見せするのはこれ、南米、アルゼンチンのごく一部の地域に自生するテフロカクタス・ゲオメトリクスです。

 

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:丸いフォルムと表面の凹凸から受ける印象がトロピカルフルーツ? いや、爬虫類っぽいというべきかな。色も綺麗ですね。

 

:日本でも大人気の種類で広く知られていますが、自生地を知る人は少ないでしょう。南米アンデス山脈の高地、アルゼンチンのごく一部の地域だけに生息している希少な種です。赤っぽい色を中心に、黒やピンクや様々な色の岩が散らばる場所で、自身も赤く色づいて小石のような姿で生きています。これほど美しい自生地は世界的にも珍しいのではないでしょうか。そうした景色に思いを馳せ、ピンクや赤系の砂、石を特別に配合してステージングしました。水が多いと株自体も緑色っぽくなるので、水やりも非常に辛めに、気をつけて色を維持しています。

 

:紫色がかった表面がいいですね。最後に一つ質問なのですが、ハビタットスタイルで栽培する際に特に気をつける種類とか、オススメの種類などはありますか?

 

:ハビタットスタイルに限らず、気をつけるべき点は、自分の栽培経験に合ったものを選ぶことです。ベテランなら難しい種類でも問題ありませんが、経験が浅いなら丈夫な種類から始めるとよいですね。新たに購入するなら、専門店で教えてもらうと間違いないでしょう。あとは繰り返しになりますが、単に見た目だけ自生地に近づけてお終い、ではなく、自生地を知ることから始まるのがハビタットスタイルです。ぜひ自生地の環境とそこに生きる植物たちのことを深く知って、心ゆくまでハビタットスタイルを楽しんでください。

 

:自生地を知ることから始まるというのは、園芸の原点ですからね。河野さん、ありがとうございました。

 

撮影/田中雅也 撮影協力/河野忠賢(THE SUCCULENTIST)

 

▼後編では、ハビタットスタイルのお手本ともいうべき自生地の多肉植物たちの様子を紹介します!

 

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河野忠賢(こうの・ただよし)

多肉植物研究家。1991年生まれ。幼少より植物に親しみ、特に多肉植物に熱中。高校時代から世界中の愛好家と親交を結び、知見を広めている。NHK BS「滝藤賢一が行く! 南アフリカ珍奇植物紀行」(2023年12月放送)では監修を担当。著書、翻訳・監修書に『珍奇植物 ハビタットスタイル』(日本文芸社)、『フィールドワークで知るナマクアランドの多肉植物』(グラフィック社)など。Instagramでも情報を発信中(@the_ succulentist_official)。

 

『趣味の園芸』2024年8月号

 

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『趣味の園芸』2024年8月号

夏に負けない、最強多肉植物特集! 夏ならではのお世話のポイント、本気のサボテン、自生地の姿をお手本につくる「ハビタットスタイル」、強めのクセがカッコいい個性派ユーフォルビアなどたっぷりと紹介。大好評とじ込み付録「多肉植物・サボテン コレクションカード」も! 注目特集は大人の自由研究スペシャル。この夏は根から花まで「植物の構造」を見つめ直してみませんか? 「グリーンサムへの12か月」ではアクアリウムに挑戦。ガーデナー直伝シリーズも。

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