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ハビタットスタイル提唱者・河野忠賢さんによる多肉植物の自生地の話。貴重な写真も公開【趣味の園芸8月号こぼれ話・後編】

ハビタットスタイル提唱者・河野忠賢さんによる多肉植物の自生地の話。貴重な写真も公開【趣味の園芸8月号こぼれ話・後編】
写真提供/河野忠賢(THE SUCCULENTIST)

『趣味の園芸』2024年8月号の「自生地を夢見てつくる 憧れのハビタットスタイル」では、鉢の上に多肉植物の自生地の様子を再現して育てるという新しい栽培方法「ハビタットスタイル」を、提唱者の河野忠賢さんに教えていただきました。ウェブだけで読める「こぼれ話」前編ではテキストでご紹介しきれなかった作例について、写真を拝見しながらお聞きしました。後編では、ハビタットスタイルのお手本ともいうべき自生地の多肉植物たちの様子について伺います。

 

こたえは、やっぱり自生地にある

 

編集部(以下、編):前編ではハビタットスタイルとは何か、特徴を含めて詳しく紹介していただきました。今回はその栽培方法の発想の原点となる自生地について、写真を見ながらお話しくださるということで、楽しみです。よろしくお願いいたします。

 

河野忠賢(以下、河):ではまず、パキポディウム・ナマクアヌム、和名では光堂といいますが、その話題から始めましょうか。8月号の記事「こたえは自生地にある」では、私が光堂に腕を回しているカットを掲載しましたが、下の写真を見てください。南アフリカのナマクアランド北端部で撮影しました。何か気づきませんか?

 

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:光堂がたくさん生えていますね。河野さんのインタビューにあったように、白い石英の集まった場所だけに生育しているように見えます。そして、どれもみなテキストに出ていた写真の株よりも大きいのでしょうか?

 

:そうですね。茶色い火成岩の岩塊、そこに走る石英の岩脈がはっきりとわかる写真です。真っ白な石英が散らばる場所に沿って、点々と光堂が生えているのがわかるでしょうか。小さな丘上の、美しい自生地でした。

 

:曇天のせいか、あまり暑さを感じない、穏やかな場所にも見えますが。

 

:いや、夏場には気温が50℃を超えるような場所ですから大変に過酷です。風はいつも吹いていますが、そうした高い気温と乾燥のなかで太陽の光に晒され続けるというのは、かなり過酷といえるでしょう。そんな環境おいて、白い石英はまさに氷のように太陽の光を反射して、地温を下げてくれるのです。この写真ではわかりませんが、光堂の足元、石英の砂利の隙間にはコノフィツムやクラッスラのような小型の植物がたくさん見られます。幼い実生の光堂や、そうした小さな植物が生き延びるには、この石英という存在が不可欠なのでしょう。

 

:なるほど、やはり過酷な環境のなかで、どうにか生き延びられる場所に生えたものたちだけが残っているというわけですね。

 

:注目していただきたいところは他にもあります。光堂の頭が少しかしいで、みんな同じ方向を向いているように見えませんか?

 

:あぁ、確かにみんな左側を向いているように見えます。

 

:そう、写真の左側、これは方角的にはじつは北を向いているんです。南半球から見た北というのは太陽の方角です。こうしたことは多くの植物でも知られていますが、実際にコンパスを当ててみて、本当に真北を向いていることに驚きました。

 

:なるほど、日の光の方向を向いているわけですね! ヒマワリと同じだ。

 

:なぜ太陽の方角を向くのか、確かなことはまだわかっていません。ヒマワリと同じように効率よく葉で太陽光を受け止めるためなのかどうか。でも、丘の稜線に浮かぶシルエットは、まるでそこに人がいるかのようで、現地の人々が畏敬を込めてハーフマン(半人)と呼ぶ理由がよくわかります。

 

:確かに、見れば見るほど人間っぽいですね。それも居丈高な人ではなく、ちょっと自信なげで控えめなんだけど、遠くに希望の光を見ているような......。

 

:光堂は、数ある多肉植物のなかで私が最も敬愛する植物です。その名のとおり、多肉植物の聖地ナマクアランドを象徴する植物です。その佇まい、美しさにずっと魅了され続けています。 ところで、白い石英の岩場の陰には、こんな幼い株も隠れているんですよ。

 

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:これは愛おしいなぁ。熱をためない白い石英の岩場の陰で、小さい苗の時期をやり過ごしているのがよくわかります。直射日光が当たり続けるような場所や、熱がたまりやすい場所に落ちたタネは、たとえ発芽してもすぐに枯れてしまうケースがたくさんあるんでしょうね。こうして生き延びた苗は応援したくなります。

 

:可愛いでしょう? 過酷な環境のなかでも、こうしてギリギリ生き延びることができる場所に根づいて生命をつないでいる。自生地では、大きな個体に比べて小さな芽生えや幼い苗を見つけることは、そう簡単ではありません。自生地でこうして健気に生きる若苗を見つけることは、つまり世代交代が起きていることを知ることです。それを目の当たりにできるのは、大いなる喜びです。

 

ナマクアランド最北、オレンジ河流域で

 

:さて、次はこれ、テキストでも簡単にご紹介しましたが、ユーフォルビア・ビローサです。光堂とは別の場所ですが、同じくナマクアランド北部の極めて乾燥したエリアに、高さ2m以上あるような株が点々と生えていました。和名では矢毒キリンと呼ばれ、その乳液が強い毒性を持つことで知られています。その名のとおり、先住民が矢じりにこの乳液をつけて狩猟に利用したといわれています。ユーフォルビア属の植物はたいてい毒性のある乳液をもちますが、矢毒キリンは特に強い毒性をもっているようですね。

 

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:近づいて見ると、鋭いとげが目立ちますね。まがまがしい和名とも相まって、個人的には手元に置いて育てるのははばかられる気がします。

 

:ほかの種類も見てみましょうか。ナマクアランドの北端には、ナミビアとの国境を形成するオレンジ河が流れていて、この河の流域には多種多様な植物が見られます。先に紹介した光堂や、巨大なアロエ・ピランシーなど、世界中でここにしか見られない種の宝庫です。

 

:8月号にもオレンジ河の話がありましたが、この河が国境になって、河の南側が南アフリカ、北側がナミビアというわけですね。

 

:そのとおりです。下の写真の左はキク科のオトンナ・アルブスキュラ。見事に枝分かれした大きな株が砂丘に点在していました。風が強くて、サラサラの細かい砂が顔にヒシヒシと当たるような場所です。奥に見えているのがまさにオレンジ河ですね。この河床からは、時に霧が立ち込めます。 右の写真は、アロエ・ラモシシマです。アロエ・ディコトマの一種とも言われますが、ディコトマに比べて株元からの枝分かれが多く、一目で違いが分かります。高さは2mほどですが、無数に分枝して巨大な株立ちを形成し、なかには幅4mはあろうかという巨大な株もありました。それでも枝の半分ほどは枯れていて、過酷で乾燥した場所であることが見て取れました。訪れた時には、ちょうど黄色い花が咲いていました。

 

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:写真を拝見していても、過酷な環境であることは十分伝わります。

 

ナマクアランド南部、その他の地域

 

:場所は変わって次の写真はナマクアランドの南部、ケープタウン周辺の山を登ってみつけたブルンスビギア・オリエンタリスです。この辺りは北部に比べて冬場の降雨が多くて植生密度も高く、北部とは違った植物が見られます。ブルンスビギアはヒガンバナの仲間で、球根種です。写真の個体は栽培下ではまず見られないほど立派に育ったもので、何枚もの葉を重ねて、葉渡り50cm以上もある見事なものでした。地下に巨大な球根をもち、山火事をなんども生き延びます。

 

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:肉厚な葉が地面に這いつくばるように展開する様子が独特です。さて、ここまでは全部ナマクアランドの植物ですね。「多肉植物の聖地」といわれるだけあって多種多様な植物があるようですが、他の地域にも多肉植物は分布しているんですよね。

 

:南アフリカはとても広く、ナマクランドの他にも興味深い地域がいくつもあります。東ケープ州もまた数多くの有名な多肉植物が見られる地域です。左の写真は有名なエンセファラルトス・ホリダス、CITES(ワシントン条約)で最も厳しい取引規制がかかる附属書Iに掲げられた絶滅危惧種の一つです。非常に希少なため、園芸の世界では場合により数十万円の高値で取り引きされています。世界的に人気のある種なので、栽培下で繁殖されたものを見かけることは難しくないのですが、自生地については滅多に言及されません。それだけに現地でその姿を見たときの感動はひとしおでした。この山には他にもユーフォルビア・ポリゴナ(右の写真)や、パキポディウム・ビスピノーサム、クラッスラ神刀など、たくさんの植物が見られました。

 

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:ひと口に多肉植物といいますが、南アフリカだけでも本当に多種多様ですね。こうした自生地に直接赴くことはかなりハードルが高いですが、写真や文献などの情報をもとに、ハビタットスタイルで鉢植えにすれば、確かに自生地に思いを馳せる助けになりそうです。

 

:ハビタットスタイルは単なる自生地の再現、答え合わせではなく、自分自身で想像を膨らませて、あり得たかもしれない景色をステージングする(仕立てる)ことも大きな楽しみの一つです。世界各地の自生地から学ぶことは多く、尽きることのないイメージの宝庫といえます。

 

:さて、最後に南アフリカ以外の場所の写真も見せてくださるとお聞きしましたが。

 

:はい、懐かしい写真ですが、これはアフリカ大陸北西部、モロッコの西の大西洋上に浮かぶカナリア諸島を訪れた時のものです。カナリア諸島はいくつかの島が集まっていて、島ごとに違った植物が見られます。私が訪れたのは、そのなかで最大のテネリフェ島です。アエオニウムの自生地としてもよく知られますが、1年を通じて気候がとても穏やかなので、他にもいろいろな多肉植物が自生しています。私の後ろに広がる巨大な群生植物はユーフォルビア・カナリエンシスです。高さ3m以上で、無数に分岐していているため株幅は6mほどもあったでしょう。これが特別ではなく、こうした巨大な群生株がそこかしこに無数にあって、奇観を成しています。

 

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:おお、迫力満点といいますか、異様といいますか、ともかく驚くべき大きさですね。

 

:圧倒されますね。同じ場所に、下の写真の多肉植物もありました。これ、変わっているでしょう?

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:何ですか、これは。まるで動物の骨が地面に突き刺さっているように見えますが。真っ白ということは、葉緑素がないのでしょうか。

 

:セロペギア・フスカといって、ガガイモの仲間です。白骨のように見えますが、白い粉というかロウ状の物質をまとっていて、その下にはもちろん葉緑素があって光合成をしています。自生地ならではの姿です。日本でも古くから知られた普及種ですが、 決してこんな色にはなりません。もっと緑色から黒っぽい色です。なぜ自生地でここまで美しい白色になるのか、自然の不思議ですね。自然界にはまだまだそうした不思議なことがたくさんあります。気候なのか、土壌なのか、何が違うのでしょうね。ハビタットスタイルを通じて、もっと理解を深めていきたいものです。

 

:なるほど、自生地を知ることがなぜ大切なのか、わかった気がします。前編・後編にわたってお話しいただいた内容、「こぼれ話」というには充実しすぎていました。河野さんにはまだまだ引き出しがたくさんありそうなので、別の機会にまたぜひよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

 

写真提供/河野忠賢(THE SUCCULENTIST)

 

▼前編から読む

 

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河野忠賢(こうの・ただよし)

多肉植物研究家。1991年生まれ。幼少より植物に親しみ、特に多肉植物に熱中。高校時代から世界中の愛好家と親交を結び、知見を広めている。NHK BS「滝藤賢一が行く! 南アフリカ珍奇植物紀行」(2023年12月放送)では監修を担当。著書、翻訳・監修書に『珍奇植物 ハビタットスタイル』(日本文芸社)、『フィールドワークで知るナマクアランドの多肉植物』(グラフィック社)など。Instagramでも情報を発信中(@the_ succulentist_official)。

 

『趣味の園芸』2024年8月号

 

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『趣味の園芸』2024年8月号

夏に負けない、最強多肉植物特集! 夏ならではのお世話のポイント、本気のサボテン、自生地の姿をお手本につくる「ハビタットスタイル」、強めのクセがカッコいい個性派ユーフォルビアなどたっぷりと紹介。大好評とじ込み付録「多肉植物・サボテン コレクションカード」も! 注目特集は大人の自由研究スペシャル。この夏は根から花まで「植物の構造」を見つめ直してみませんか? 「グリーンサムへの12か月」ではアクアリウムに挑戦。ガーデナー直伝シリーズも。

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